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宮崎地方裁判所 平成7年(わ)114号 判決 1996年2月29日

主文

被告人を懲役二年二か月に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、オウム真理教(当時宗教法人、以下「教団」ともいう。)の福岡支部所属の出家信徒であったものであるが、同支部長であったA子の指示により、平成六年三月二七日深夜、宮崎県小林市《番地略》所在の「甲野旅館」ことB(当時六三歳)方に、A子を乗せてワゴン型普通乗用自動車(以下「本件ワゴン車」という。)を運転して赴いたところ、既に、A子、教団幹部のC、同出家信徒のD、同じく出家信徒で、教団が経営していたオウム真理教付属病院(以下「AHI」という。)の医師のE、同看護婦のF子、教団在家信徒のG子、H子、H子の夫である同じく在家信徒のIが共謀の上、G子及びH子の実父であるBから、教団に対する布施名目で多額の金員を不法に入手する目的で、同人を略取してその行動を不法に制約しようと企てており、事情を知らない被告人が「甲野旅館」別館二階で待機している間に、本館二階のBの居室において、G子がBに睡眠薬を飲ませ、F子が睡眠及び麻酔導入剤であるサイレースを注射してBを半昏睡状態に陥れていた。被告人は、同日から翌二八日にかけての深夜、CからBを運ぶよう指示されて、本館二階のBの居室に赴いたところ、同人が既に薬剤によって半昏睡状態にあることに気付いたが、ここに至って、前記Cほか七名が、Bを東京都中野区所在のAHIに連れ込み入院させるなどした上で、同人に教団に対する何らかの財産的利益を提供させる営利の目的を有しているかもしれないが、そのような目的があっても、あえて、同人を略取することに加担しようと決意し、Cほか七名と共謀の上、Bの身体を抱え持ち、同所から屋外に運び出し、同所付近に停車させていた本件ワゴン車の後部座席に押し込み、E、F子がBに前記サイレース等を点滴し続けて、同人を半昏睡状態に陥れたまま、G子が同車を走行させ、同月二八日午前中、岡山県内の中国縦貫自動車道新見インター付近において別車両に移し替え、E、F子が同車を走行させるなどして、同日夕刻ころ、山梨県西八代郡《番地略》所在の教団建物(通称「第六サティアン」)に連れ込み、もって、営利の目的で同人を略取した。

(証拠)《略》

(事実認定の補足説明)

一  弁護人は、被告人は、本件略取の際、営利の目的を有していなかったので、被告人については、営利略取罪は成立せず、監禁罪が成立するに止まると主張し、被告人もこれに添う供述をしているので、この点につき、補足して説明する。

二  関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。

被害者Bは、宮崎県小林市で「甲野旅館」を経営していたものであり、Bの三女H子、その夫のI、四女のG子は、いずれも教団の熱心な信徒であった。

Bは、平成五年八月末ころから、小林市に所有する土地を駐車場用地として同市に売却する方向で交渉を行っていたところ、右契約は平成六年三月六日に成立し、残代金の六四四一万円が、同月二八日ころに、B名義の銀行預金口座に振り込まれることとなった。H子は、以前から、教団の教えを理解しようとしないBに教団の言う真理を知ってもらいたいと思うと共に、Bが、PSI(教団が、教祖であるJの脳波をパソコンを通じて電極を付けたヘルメットに送り、これを頭に被ることによって修行が急速に進むなどと称していたパーフェクト・サルベイション・イニシエーションのこと。なお、出家信徒でない者がPSIを受けるには、一週間で一〇〇万円、終生なら一〇〇〇万円を教団に提供することが必要であった。)を受ければ、心の平安が得られるようになるし、また長年Bが患っていた持病もよくなるので、BにPSIを受けさせたいと思っていたところ、同年一月中旬ころから、H子、A子を介してBに右金員が入ることを知った教団幹部の一人で東京総本部長のCより、「お父さんはこのままでは三悪趣に落ちる。お父さんを薬物を使用して眠らせ、AHIに連れて行ってPSIを受けさせよう。土地売却代金が入ったら、お父さんにその金額をお布施させよう。」などと、Bを、小林市の自宅からAHIまで略取して、Bに教団に対して多額の布施をさせる旨の計画を打ち明けられ、これに加わるよう、約三か月にわたって毎日のように電話で説得を受けるようになった。H子は、当初は、これを拒んでいたが、結局、これを実行する意思を固め、G子やIも、H子の説得を受けて同様の決意をした。Cは、薬剤を用いて略取するために必要な医師や看護婦として、AHIの医師であったEと看護婦であったF子を選出し、教団の福岡支部長のA子、出家信徒でCの運転手をしていたDも、Cの指示で本件犯行に加わった。このようにして、C、H子、G子、I、A子、E、F子、Dの間には、BにPSIを受けさせ、多額の金員を教団に布施させる目的で、Bを、薬剤を用いて眠らせて、自宅から略取する旨の共謀が順次事前に成立し、右共謀に基づき、本件犯行が実行されることとなった。

被告人は、教団の出家信徒として九州内で活動していたものであるが、本件犯行当日の夕方、教団の福岡支部において、A子から、小林市まで自動車を運転して連れて行って欲しいとの指示を受け、A子が用意した本件ワゴン車にA子を乗せて小林市に向かい、同日夜、甲野旅館に到着して、A子と共に、同旅館別館二階の部屋に入ってしばらく待機した。やがて、同所にCが到着し、同日深夜から翌二八日の未明にかけて、被告人らその場にいた者に対し、「お父さんを運び出します。」と指示し、被告人は、右指示に基づき、同旅館本館二階のBの居室に赴き、C、E、Dと共に、既にG子に睡眠薬を飲まされた上、F子にサイレースを注射されて半昏睡状態にあるBの身体を抱え持ち、階段を降ろして屋外に運び出し、停車させていた本件ワゴン車の後部座席にBを押し込んだ。

三  当裁判所の判断

営利略取の罪における営利の目的とは、財産上の利益を得、または第三者に得させる目的を言うが、右目的は必ずしも確定的なものである必要はなく、未必的なものでも足りると解するのが相当であるところ、前項で認定した事実に加え、関係各証拠を総合すれば、本件において、被告人が加担した行為は、真夜中に、教団幹部で東京総本部長のCや福岡支部長のA子以下、教団関係者が集まって、半昏睡状態にあるBを数人掛かりで自室から運び出し、本件ワゴン車に運び入れるというものであり、その客観的状況からすれば、これが教団による重大な犯罪行為であり、相当なリスクを冒して敢行するものであることは明らかであるから、被告人は、自己及び共犯者らが何らの目的もなくそのような行為をするのではないことを当然に認識していたと言い得、さらには、被告人が、Cほかの共犯者らにおいて、Bを教団施設に入れ、その支配下に取り込んだ上で、説得、欺罔、強制など何らかの方法により、AHIでの治療費、PSIを受ける代償、布施など、名目のいかんを問わず、何らかの形で教団に財産的利益を提供させる営利の目的を有しているかも知れないが、そのような目的があっても、あえて、略取することに加担しようと決意し、本件犯行に加わったことが十分推認できるところである。

被告人は、前記のとおり、営利の目的はなかったと供述しているけれども、その内容は、被告人自身は、略取の時点では、前記六〇〇〇万円を超える金額の土地売却代金がBの元に入ることや、Bがその布施を迫られていたことなどを知らず、AHIで治療を受けさせること以外には、教団に財産的利益を得させることにつながる具体的な事柄を確定的に認識してなかったという趣旨にすぎないものと認められ、このことは、被告人が、前記のような内容の営利の目的を未必的に有していたことを認めることと何ら矛盾しない。

四  したがって、弁護人の主張は採用しない。

(適用法令)(以下、「刑法」とは、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項により同法による改正前の刑法をさす。)

罰条 刑法六〇条、二二五条

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

一  不利な情状

1  全体の情状

本件は、オウム真理教の幹部の一人で東京総本部長であったC、同福岡支部長であったA子以下、被害者の三女のH子、四女のG子ら教団信徒多数が、事前に綿密な共謀を遂げた上、後に被告人が共謀に加わり営利の目的で、医師や看護婦の専門的な知識を悪用し、その役割をそれぞれ分担して、被害者を薬剤を用いて半昏睡状態に陥らせた上、宮崎県小林市から山梨県上九一色村の教団施設「第六サティアン」まで約一三〇〇キロメートルに及ぶ長距離を搬送して略取した、極めて組織的かつ悪質な営利略取事案である。

本件犯行においては、医師であるEが薬剤の選定や看護婦のF子への具体的使用方法等の指示を行い、被害者と同居中のG子が、被害者に睡眠薬入りの湯茶を飲ませ、F子がサイレースを注射して被害者を半昏睡状態に陥れた上、被告人、C、E、Dが、被害者の体を抱えてその居室から運び出し、用意しておいた本件ワゴン車に搬入して、E、F子が前記サイレース等を点滴して意識を失わせ続けながら、G子が同車を運転し、途中、自損事故を起こすなどしたため、被害者を別車両に移し替え、C、F子が運転して、第六サティアンまで搬送したものであり、被害者の自由を束縛した程度や、薬剤を用いて半昏睡状態に陥らせ続けたことなどによりその身体に与えた危険性も甚大である。

本件犯行の目的は、被害者が入手する予定であった六〇〇〇万円を超える土地売却残代金の相当額を、教団に対する布施名目で不法に入手することにあり、略取により不法に得ようとした利益の程度においても極めて違法性の高いものである。もっとも、幸いなことに、右土地売却代金の振込入金を受けた銀行側が、被害者本人の意思が確認できない限り支払わないという窓口支払停止の措置を採るなどしたため、本件営利の目的が実現されることはなかったが、銀行側の機転がなければ、これが実現されていたおそれは大きかった事案である。

被害者は、元々教団に対して嫌悪感を抱いていたところ、H子らが教団への布施を度々求めてきたことなどから、被害者の財産をねらう教団の不穏な動きを察知して、その要求を頑として拒むとともに、住居を移そうなどとしていた矢先に、本件被害に遭ったものであり、落ち度は全くない。しかも、被害者は、略取後、約五か月という長期間にわたって第六サティアンやAHI等教団の支配下に置かれ、教団に逆らったら殺されるのではないかという不安感・恐怖感を常に受け続け、最終的には一一〇〇万円と甲野旅館別館の布施を約束してようやく宮崎に帰ることを許されたものであり、この間、被害者は、熱心な信徒になった振りをするしか解放される方法はないと考え、苦痛と屈辱を耐え忍んで、鼻の穴からひもを通してその後に湯を通す「鼻通し」、食塩入りの熱湯を大量に飲んで吐き出すのを繰り返す「胃洗浄」、食塩入り湯を肛門から多量に出るまで飲み続ける「腸洗浄」などの、修行と称する拷問を受けるなどしたのであって、被害者が受けた肉体的、精神的苦痛には想像を絶するものがある。また、本件犯行からうかがわれる、目的のためには手段を選ばない教団及びその信徒らの体質に鑑みると、仮に、略取後拘束されていた被害者が、強行に逃走を試みて失敗したり、逆に右残代金全額や不動産等の全財産を布施して、教団にとっていわば用なしの存在となっていたとしたら、教団信徒らに殺害されていたおそれもなかったとは言えず、むしろ、被害者が無事に解放されたのは、被害者の機転と銀行等の第三者の適切な対応による偶然が重なった結果とすら言える。

被害者の長女夫婦や五女らの親族は、被害者がAHIに連れて行かれたことを知り、教団の不穏な動きを疑い、AHIに出向いて、被害者の解放を要求し、警察や弁護士に相談して善後策を協議したり、被害者の印鑑や権利証を確保し、銀行に働きかけて仮拘束措置を採ってもらうなどしながら、約五か月にもわたって被害者の安否を気遣い、不安感を抱き続け、被害者の解放に際しては、被害者が帰宅するらしいとの情報を得て、この機を逃さず被害者を救出しようとして、飛行機の搭乗者名簿を調べて到着時刻を確認し、男性数人を集めて空港で待機するなどして、被害者を無事保護したのであって、被害者の解放に向け、またその財産を守るべく、あらゆる手段を用いて努力したのであり、しかも、被告人らは、このような被害者の親族らに対し、いわれなき誹謗、中傷を行うなどしたのであって、本件犯行及びこれら一連の行為が被害者の親族らに与えた影響は甚大である。

被告人らは、解放された被害者が被告人らを営利誘拐、詐欺未遂等の罪で告訴・告発し、記者会見を開くなどしたことに対抗して、「法務省」と称する教団組織のリーダーであった元弁護士のJの指示の下、組織的に証拠隠滅工作を図り、被害者らに対する損害賠償請求訴訟を提起するなどした上、マスコミを利用して教団の正当性を宣伝しようとし、被害者が病気で倒れたのでAHIまで搬送したなどという、うそのストーリーを作り上げ、右ストーリーを覚え込み、元警察官である被告人による模擬取調や、医師らによる自白剤を使用した右ストーリーの記憶の確認、虚偽のカルテ作成など、徹底的な罪証隠滅工作を繰り広げたものであり、犯行後の情状も著しく悪い。

また、本件は、マスコミ報道を通じて広く世間の知るところとなり、その組織性・計画性や略取という荒っぽい手口が社会に与えた不安感は計り知れず、平穏な社会秩序維持の見地からも許しがたいものである。

2  被告人の個別情状

被告人は、Cの指示を受け、被害者を略取するという犯罪行為に及ぶことを知って動揺したが、信徒としてのワークであるからやらざるを得ない、被害者の娘や医師、看護婦がいるから大丈夫であろうと安易に考え、犯行に加担したものであり、その法規範意識や正常な道徳規範意識の欠如は強く非難されるべきである。

被告人は、Cらと共に、被害者の身体を持ち上げて、二階から階段を降ろして屋外まで運び出し、本件ワゴン車に搬入するという、本件犯行における重要な実行行為を担当したものであり、また、被害者の告訴等に対抗するための組織的な罪証隠滅工作の中でも、元警察官としての知識や経験を悪用して、模擬取調を担当し、当初考え出されたストーリーの矛盾点を指摘して、これを考え直させるなど、重要な役割を果たしている。

二  有利な情状

他方、前記のとおり、本件においては、幸いにして、営利の目的は実現されずに終わっている。

被告人は、本件犯行の計画に当初から加担していたわけではなく、犯行当日にA子から指示されるまま、目的も分からずに甲野旅館に赴き、実行現場に臨んで初めて略取行為を行うことを理解し、共謀関係に加わったもので、被告人に関する限りは、共謀の態様は現場共謀・機会共謀であり、実行行為についても、被害者を本件ワゴン車に乗せたにとどまり、その後、第六サティアンまで運び込む行為には加担していない。また、営利の目的も他の共犯者のように確定的なものではない。本件犯行及びその後の一連の行為を通じて、被告人は、自己の利益のために、あるいは自ら進んで行動したわけではなく、教団内部で地位の高いCやA子の指示を受けて従属的に行動したのであって、末端の一出家信徒として、Cらに利用された側面がないとは言えない。

被告人には前科はなく、捜査段階から、営利の目的については争っているものの、外形的な行為については素直に認め、公判廷においても、自らの遵法精神の欠如が本件のような結果を招いたのであり、被害者に肉体的・精神的苦痛を与えて申し訳なかったとして、反省の気持ちをあらわすと共に、今後は妻子のためにも立ち直って真面目に働きたいとの心情を述べている。

被告人は、熊本県警警察官であった平成四年に、腎臓がんにかかったと早合点したことなどから教団に入信し、平成五年八月に、警察官を辞職して、妻と幼い子と共に出家し、教団福岡支部で布教活動を行っていたものであり、本件犯行後の平成六年一一月からは教団の「法務省」と称する組織に所属して、Jの補助者として、マスコミに対する民事訴訟の手続等に関わる事務を担当していたが、本件により逮捕され、新聞等を通じて教団による様々な重大犯罪の嫌疑があることを知ったことなどから、教団に対する疑問を抱くようになり、本件第一回公判期日前に教団を脱会したものであって、妻子も同様に教団を脱会していることも併せ考えると、被告人については、本件のような教団信徒らによる犯罪行為に加担する背景的な要因は解消されていると言い得、また、被告人が、教団に関わる以前は、警察官として真面目に社会生活を送っていたことにも鑑みれば、今後再犯に及ぶおそれは低下したと言える。この他、被告人の妻の実父が情状証人として出廷し、今後、被告人の社会復帰のために協力することを誓っているなど、被告人に有利な事情も認められる。

三  結論

これらの事情を総合して考慮したが、本件犯行は、動機、態様、犯行後の情状、被害の程度、社会に及ぼした影響等において、誠に悪質かつ重大なものであり、右に述べた被告人に有利な事情を十分考慮しても、刑の執行を猶予することはできず、主文のとおりの実刑を科するのが相当であると判断した。

(裁判長裁判官 榎本 巧 裁判官 古閑美津恵 裁判官 西田時弘)

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